【半世紀生きて思うこと】色眼鏡の世界にサヨナラ 

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【半世紀生きて思うこと】色眼鏡の世界にサヨナラ 



今月50歳になりました。

今回は「半世紀生きて思うこと」と題して、
これまでの人生で思ったことを簡潔にまとめていきます。


当然ですが、人によって生き方というか、
考え方・感じ方、思考回路がぜんぜん違うと思いました。

色眼鏡の世界観です。


そういう私は半分はただの自己中です。笑

そしてもう半分は人のために生きたい。

そんな、半世紀生きた独断と偏見を書き留めておきました。

眼鏡をかけてポーズをとる女性

「大衆は常に間違う。」

これは“人間開発の神さま“こと、
アール・ナイチンゲールの至言ですが私の胸にビビッときた言葉でした。


「なんだ、やっぱりそうじゃん。」


というのも、

それまで感じてきた違和感って逆に間違いではなかったと思ったんですよ。


例えば、「慣習」や「風習」です。

私は年賀状をやめたんですが、なんの意味があるんだろう。

仕事上の飲みにケーションみたいな場への半ば強制参加。

葬式仏教の在り方にも同じことが言えます。

(※個人的な過去の悪しき慣習3選。)



めんどくさいと思ってもやめられない、
意味ないのに変わらない、
その本質は「世間体」ではないでしょうか。

アドラー心理学よろしく、
結局すべての行動は自分で望んでいるので。


また、人間心理として、

慣習や風習は簡単には変えられないものだったとしても、

「そうしないのはけしからん!!」

と非難する人がいるから混乱の原因になるわけです。


世間にはゴリゴリにコリ固まった頭で人に地獄を強いる人がいます。

そういう人の脳みそは、
いかなる整体術をもってしてもほぐすのは不可能で変えるのはやはり世間の風、世間体でしょう。

思考停止している人ほど人の目を気にせずにはいられないものです。



ニュアンス的には、
「人は常に流されやすい。」
がしっくりくるかもしれません。

私も大衆の一人として流されてきたなぁ、
という実感です。


半世紀生きて一番思うことは、

自分が「外れ値」になることを恐れすぎると他人の人生を生きることになる。

と強く感じました。




直感の正体

先ほどアール・ナイチンゲールの至言にビビッときたと言いましたが、「ビビッときた!」って言いますよね?

きっとあの人と赤い糸で結ばれているに違いない!

とか。


でも、私が思うに初めから“直感力“ってほぼなくて、あえて言えば「違和感の先にある気づきの力」かもしれません。


ときには、
抑えつけられたり、
赤っ恥を欠いたり、

それでも自分が感じる違和感に問いかけ、

その先にストーンっと腑に落ちたもの。

その瞬間ビビッときたものが直感かもしれません。


それは人生の経験値とその密度からなるものじゃないかと思うんですよ。


いわば直感とは真理であり悟りの境地。

だって、当たった、ハズれた、
ってことならただの勘ですもん。



なので一般的に言われる直感は「気のせい」。

そのときの心の状態がそう思わせているだけだと思います。


そういうところが整体の利用の仕方にも出ている方もいます。

「きっと、治してくれるのはここしかない!」

そうビビッときて大枚はたいて通い詰めたけど治らなかった。

って話はちょくちょく聞きます。

(整体あるあるです。)



人は自分の見たいものを見ているだけ、
その事実に合ったものを選んで見てる、
って言いますよね。

だから大体の直感は、
気のせい・先入観・偏見・妄想・思い込み、なんです。


例えば、

気になるあの子がちょっと気になるそぶりを見せた。

それが好きの正体だったりします。


でも付き合ってから、
むしろ結婚してから、
「この人ってこんな人だったの!?」
ってことはいくらでもあるわけです。


それでも本当に好きなのか、

恋に恋をしていただけではなかったのか?

(自分の見たいものをみていた。)


整体難民になっている方は自分の胸に手を当てて問いかけてみてください。笑




整体を通して見えるもの

長年整体をやってきて感じたことですが、お客さまの“ステータス”が見えちゃうんです。

ここでのステータスはメンテナンス意識や思考回路の“状態“という意味。

でもなにも運動やストレッチや瞑想をすることとは限りません。

それは、心や生き方の状態です。


私もステータスの高いお客さま方を見習って気をつけるようになりました。

とは言ってもよく言われる意識高い系ではなく、
ただ当たり前のことをしているだけという感じです。

なんか、どこか、
人を惹きつけるゆる~いオーラがあるんですよね。



例えばお店を利用する姿勢。

「私はお客よ」みたいな感じはありません。

表面上の気づかいではなく人として対等なんですよ。


予約の仕方、
約束の時間、
自分の仕事なら時間にルーズな人はいませんよね。

「すみませーん、忙しくて。」
って話にはならないわけです。

こんなところに人間性だったり今現状の思考回路があらわれるものだなぁと。


「引き寄せの法則」ってあるようなんですけど、ポジティブに願えば運を引き寄せるのではなく、なんだかんだ引き寄せるような行動をとってるってことです。

そう思いました。直感的に。

もちろん見返りを求めるなんてことではなく、
ごく当たり前のことを体現してるだけなんでしょうけど。


また、メンテナンス意識が高いと感じます。

整体にいこうかな?と言うよりも、
生活の一部として心身のいい状態を保つために頼ってくださっている。

そういう意識が年齢を重ねるごとに体のあっちこっちに出てくるものです。

ほぼ丸投げかもしれませんが?笑



あと、たぶん多くの人は、
体の痛みや疲れをほったらかしなんだろうな、と言うことにも考えさせられます。

これは昔の私にも言えることなんですが、
痛みや疲れって体からの危険信号ですので。

本当はメンテナンスした方がいいのに体の“違和感“に気づきながらしないなんて、心身にとって酷なことだと思うのです。



仕事や私生活に追われてふと気づけばつねに意味なく気が急いでる。

それが私たちの普通の状態ですよね?

そんな中でもメンテナンスにキッチリ時間とお金をかけてくれるって、整体師冥利に尽きるというか、整体を通してそんなお客さま方と両想いになりたいと思っています。




まとめ

以上、なんだかんだと好き勝手に書きましたが、これまで総体的には間違いだらけの人生でした。笑

でも、
みんなめっちゃ間違う、
それが当たり前のこと。

そう考えるようになってから私自身ずいぶん気が楽になりました。

みんな自分や他人に厳しすぎるんだ。。。


間違って、
流されて、
違和感を持って、
ビビッときて、
ようやく本物にたどり着ける。


整体業界でも色々な情報で溢れているのは需要と供給のバランスが崩れたこと。

それを求める側と売りたい側がいるからであって、それが必ず正しいとは限りません。

この視点は何事に対しても大切なので自分も気をつけないとなぁ・・・。


あと、最後に一言。

半世紀生きて思ったこと、
「歳の取り方個人差あり過ぎ、糖質の取り過ぎ要注意。」



ということで、
また別の記事でお会いしましょう^^


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